携帯サイトはこちら

ライフパスカウンセリング
090-8124-7026
info@lifepath.jp
〒540-0035
大阪市中央区釣鐘町1-4-3
船瀬ビル502
地下鉄谷町線
天満橋駅4番出口徒歩3分

コラム

2009年3月18日

おかげさまで、チャネリングトレーニングコースも、20回を超えて開催させていただきました。
東京・名古屋もいれると200名近くの方に受講していただいた事になります。
至らない点もありますが、これからも進化改善して成長していくコースにしていきたいと思っています。
何よりも、来てくださる方があって初めて開催できる物です。
今までに 参加してくださった方に改めて感謝いたします。

内容もさることながら、いつも思う事は参加してくださる方の素晴らしさです。
私のほうも2日間終わる時はいつもこのまま終ってしまうのが、とても名残惜しい気持ちです。

スピリチュアルといっても様々な物があります。
口コミやHPの内容をよく読んできてくださっている方が多いせいか、私が提供できるものと来てくださる方の求めている物とが、うまくマッチしてきている気がします。
現実に今ある生活の質をよくしていく、答えをもらうよりは、なぜそれが起こっているかという事から考えたい、というような深く物事を考えるタイプの方、それでいて新しい物、未知のもの不思議な物にワクワクする、そして実際いろんな能力をもっていらっしゃる方、主婦やOL,専門職の方等、どんな立場であれ常にオープンで誠実な姿勢に実は私自身が毎回とてもたくさん学んでいるんです。

皆さんがそれぞれの立場で自分の生活に役立ててくだされば、私もとってもうれしいです。
有難うございます!

2008年5月29日

4月東京で初めてのチャネリングトレーニングコース、そして5月大阪、6月東京、大阪、7月は名古屋で開催します。
教えるというよりは、参加してくださった皆さんに経験する場を提供している、という方が適切でしょう。
そして、回を重ねる度に、これはむしろ人間が5感のように元々持っていた能力なのだと確信するようになりました。

自分の感覚やアイデアに普段から気づいて信頼してあげると、どんどんと豊かに繊細に感じ取れるようになるようです。
本当に何が自分にとっての幸せや心地よさなのか、結局は自分にしかわからないんじゃないかと思います。

一方で自分の感じる事や意味がわからないままでも相手に伝えてみると、とても意味のある事だった、というのは、よく起こってきます。
普段から私たちは色んな物を周りから受け取って、何の意味かわからないまま忘れてしまっている事が実際はよく起こっているのだと思います。そんな自分の中だけで起こっていたことを他の人に伝えてみる事で自分で感じている事に対する信頼感や自信がでてくれば、素晴らしいと思うのです。

チャネリングという事を会話という枠の中だけてなく、むしろ質問した事が後から本や友達との会話等思わぬ所から答えが出てきたり、もう少し大きな人生の流れの中で見てみると、タイミングのよさや偶然の一致が頻繁に起こっている事に気付きます。
何か本当にすべてが完璧でひとつにつながっているのだという感覚がじわ~っと沸いて出てくるスピリチュアルな感覚につながってくる、ような気がします。 

グループのよさというか、全体で盛り上がって行って何かまとまった雰囲気の中でチャネリングをすると、まだ世間一般では不思議な現象と捉えられている事も、何か出来るのだろう、という感じになってくるようです。そして最後には、相手に対するメッセージがス~っと抵抗無く出てくる、のかもしれません。
もちろん形はその人それぞれ個性がありますが。

参加してくださった皆様、 本当に有難うございました。何か訳 のわからぬセミナーに参加してくださった皆様こそ、勇気あるチャレンジ精神の持ち主です。どうぞ、そのチャレンジ精神と、チャネリングで人生を着実に自分の物にしていってくださいませ。

東京、名古屋でも、これからチャネリングトレーニングコース、練習会と定期的に開催できればと思っています。
よろしくおねがいいたします。

2008年4月1日

早いものでチャネリングトレーニングコースを始めてからこの4月で12回目となります。
たくさんの方が口コミやHPを見てきてくださいました。
お陰さまでこれからは、大阪以外の場所でも開催を考えています。(もしご希望があればお知らせください)。

教えてみてはじめてわかった事、人間という種はチャネリングという能力が大なり小なり誰にでも備わっている、という事です。
やり方は、それぞれ皆さん違っていますが、初めての人にでも、とても暖かい知恵に満ちたメッセージを伝えられる方が、たくさんいらっしゃいます。
大事なのは、能力や技術より、やはりその人の愛情のような物が、何らかの形で相手に伝わっている、という事かもしれません。

反対に言えば、そこに愛が無ければたとえ正確であっても余り役に立たない、という事です。実際普段の生活の中では、何だかわからないままに、判断しなければならない事がたくさんあるように思います。そんな時に「不確かなまま的確に判断する」、という能力、こんな事にチャネリングは日常的に使っていけるのではないでしょうか。

パソコンの可能性には、いつもびっくりしますが、もう早く計算する事や記憶する事はこれから機械がいくらでもやってくれるでしょう。やはり、人間にしか出来ない事、大きな視点に立ってみれるか、全体から判断できるか、あやふやな状況のまま的確に決めていけるか、というような事だと思うのです。

何だかチャネリングコースの宣伝になってしまったようですが、最近思う事です。

2008年3月25日

リチャードラビン氏と熊倉慶子25日エクトンのゲストイベントに行ってきました。
以前にチャネリングコースに来てくださった方も、たくさんいらしていて、それも手伝ってか、楽しい時間になりました。

いつもと違っていたのは、エクトンのチャネリングが長かった事。
リチャードさんも、びっくりしていたようです。 そして内容も充実してました!
たくさんの人が来ていましたが、エクトンがいろんな例をだしてきて、 きっと今この会場の誰かの人のことだろうな・・・と思いながら聞いていたのですが、その量の多かった事。
私も自分に思い当たる事があり、何だか前に進めそう・・な気がしています。

その後何人かの人と話したのですが、みんな自分で具体的に自分の生活に当てはめて考えているようでした。何かみんな新しい一歩を踏み出すきっかけになっているような、多分エクトンの話はそれだけ現実的かつ 普遍的なものだっ たのでしょう。

1000円で、本当にオトクな2時間でした。

 

2007年9月

東京のエクトンセミナーに行ってきました。
テーマは「より善い人になる方法」
いつもの事ながら、テーマは日常的ですが、とても深い見方を提供してくれます。

面白いのはリチャードさん自身ももっと違うテーマを期待していたようですが、日本人の人のためのセミナーという事を思いながらすると、「より善い人になる方法」という言葉が出てきたそうです。

日常的な出来事が、エクトンの言葉を通して語られると、無条件の愛や創造性という事が現実的に自分のこととして、響いてきます。内容はごく普通の事かもしれませんが、日常の中で人が自分で創造していく力をえていくプロセスはやはり奇跡としか言いようがありません。

もう13年前に初めて参加した頃のテープを聴いてみると、その頃よりもエクトンの言葉は随分ストレートで、短い間に核心をついてくるような気がします。多分英語と日本語の違いもあるのでしょうが、チャンパックさんが見事にその場で素晴らしい日本語に訳していってくれます。核心に触れながらも、いつもそこには深い愛と思いやりがあるので、スーと受け入れられるのです。

真実を受け入れる、というのは時にとても難しかったりしますが、セミナーで話される方の正直さ、受容性という事から見ても、やはりこの時間と空間は、現実を話題にしながら、 日常の中ではありえない空間になっている気がします。

2007年8月16日

8月11,12日2日間チャネリングトレーニング2日間コース無事終了しました。

今回で1日コースも含めると4回目の開催になります。毎回定員満席となり、有難うございます。
2日間、ガイドとつながるための瞑想をしたり、物を交換して感じてみたりとするうちに2日目の午後の実際のチャネリングの際には皆さんかなり何らかの手ごたえを感じてくださったようです。
初めてでも、ガイドの存在が実感でき、物からいろんな情報が入ってくる事がわかったり、チャネリングができるなんて・・・と、驚く方もたくさんいらっしゃるコースです。

何か特別な事をしなくても、こちらから少し
扉を開いてみるだけで、いろんな体験が出来るようです。

チャネリングは愛、平和、調和、豊かさといった自分の中にある望みや最もいい質の方に注目していくので心地よさや幸福感、ガイドに守られている事が実感できル2日間でもあります。

次回は2007年9月29日(土)、30日(日)です。

2007年3月27日

半年ぶりのエクトンのセミナー。
今回のテーマはオープンフォーラムで自由。
いろんな質問が次々に出てくるが、エクトンはそれに一つ一つとても丁寧に答えてくれる。どのような厳しい状況であってもエクトンと話す事でそこに愛や暖かさ希望が生まれてくるような気がする。エクトンという普段は肉体を持たない存在.それ自体、不思議な事ではあるがでも内容は日常誰にでも共通して考えられるようなものがほとんどだ。
ただその会話や理解の深さはやはり日常の私たちの生活レベルを超えている。私もここで、または個人セッションでいろんな質問をしてきた。それがとても役に立ったから10年以上経った今もこうして参加しているのだと思う。

最初の頃にチャネラーのリチャードさんに「エクトンって一体なんなんですか?」と聞いてみた事がある。
「わからない。」と彼が答えたのだけれど自分でやっている事が『分からない』なんて事が私にはどうしても納得できず、彼が嘘をついているのだとしか思えなかった。

そしてその13年後、曲がりなりにも同じ様な事をしてみて、やはり同じ質問をされたら答えはやっぱり「わからない。」としかいいようがない!?

2005年12月1日

カルチャーセンターを受講してくださっている方から「アッ,なるほど。」と思うような質問をしてくださった方がいらっしゃっいました。

『全てを受け入れる』、だとか『100%現実を創造しているのは自分自身である』というような考え方は,もしその本人が被害者の立場やひどい状況に立たされている場合(例えばDVのような)、その環境自体を受け入れなさいというようにとれて納得できない。自分自身の尊厳を守る事の方が大事なのではないかという内容でした。

もちろんその通りだと思います。ただすべて100%受け入れるという事ハ言葉通り何でも受け入れ許すという事ではなく、むしろ現実に起こっていることが加害者であれ被害者であれ自分で起こしたのだと気付くことによってその状況から自由になる、という事なのです。

そのままにとどまっている事も離れる事も自分の意志によって可能になる状況をいっているのです。「~のせいでこうなってしまった」と思っている間は、自分自身の中に変化を起こすだけの力はなかなか起こってきません
。相手にパワーをあずけてしまっているのですから。 自分の責任としてとらえた時初めて何かを変える力が湧いてくるのではないでしょうか。何となく重い感じがするかもしれませんが実際は現実を受け入れることによって人生は軽くなってきます。
ちょっとしたパラドックスですね。

決して相手から何をされようが許してそのまま受け入れなさいという事ではありません。
むしろ自分を信じ、おかしな事はおかしいと言える勇気を与えてくれる考え方なのです。

でも確かに言葉どおり受け取ってしまうと質問の通りになってしまうでしょうね。
私自身ぼんやりと感じていた事がとてもすっきりしました。質問くださった方、有難うございました。

2005年8月27日

足立幸子さんの個展に行ってきました。
一歩足をふみいれた時から不思議な空間でした。心がすっと落ち着いて、どっしりというよりはむしろ透明な中立的な心地よさで、その時頭をいっぱい働かせて入っていった私には、ほんとうに、癒しになりました。
強烈でそれでいてとても繊細でそこの空間にいるとまるで体までほぐれていってやわらかくなっていくようです。亡くなられたのは、とても残念ですが、彼女の存在感は絵に囲まれているとじわ~っと体の奥まで伝わってきます。
本と絵葉書を買って帰りました。胸の奥にあるこの暖かさを忘れないように。

2005年4月

春ですね~。
一年で一番好きな季節になりました。道を歩いていても、緑や花の美しさにうっとりしてしまいます。
年を重ねてよかったことの一つに、自然や季節の美しさにより気付くようになったという事。
若い頃は同じ花をみていても全然違うものを見ていたような気がします。時々若い人たちと話していると、とても深く物事を考えとらえようとしている姿勢に感心することがあります。私はこんな事考えもしなかったし、もっとぼーっと生きてたなと思いつつ、彼らにはまわりの景色がどんな風に見えているのだろう、でも比べる事もできないんだな、等など考え出したらきりがありません。
アウシュビッツ収容所の様子を描いた『夜と霧』の中で捕虜達がみた夕日の景色の美しさ、皆が同時にその場で感じた共感や感動、一体それがどんなものだったんだろうか、ひょっとしたら経験は、ものの見え方までも変えてしまうのかしら、と思ったり。
私達は同じ景色を見ながら、実はお互い全然違う物を見ているのかもしれません。

2005年3月11日

直観活用法という講座を昨年9月からJEUGIAカルチャーセンター(千里中央)でひらかせてもらっています。
来ている方に直観を使うゲームをしてもらったり、チャネリングの練習などしているいるのですが、毎回こういった機会に思う事は、ひとりひとりがすばらしい直観力を持っていらっしゃるということです。
あたる、あたらないという事よりも自分や人に対する思いをゆっくり時間をとって感じてみたり、時には表現する事が 自分に自信をつけさせてくれたりまわりに自分を表現するのを勇気づけてくれているのでは、と思っています。
でも実際のところ、よくあたってます。ふだんはあえて表現しないような何気ない思いやひらめきって大事だなと改めて私自身が教えてもらっているようなそんな時間になっています。
無料体験いつでもOKです。興味のある方はいつでも参加してみてください。

それ以前に書いたコラム

■仕事や毎日の生活でもうどうしようもなく行き詰まってしまったら、何か違う事をすればいい。」
というのを心理学者の河合隼雄さんがテレビでいっておられたのを聞いて、そう言えばわたしも歌を習い始めて随分、元気になったなと、思いあたった事があります。
ひとりでも楽しいと思えるそんな時間は、これからの人生にとても大きなプレゼントをもらった気分です。

絵でも音楽、文学であれ、中年になってこんな風に世界が開けてくるとは思ってもみませんでした。
若い頃とは又違った感性、感覚を自分の中に発見する事が出来ます。
やっぱり、いろんな経験や時間を積み重ねてきた事が無駄ではなかったなと、実感させてもくれます。
思い当たる方は、ぜひお試しください。

■最初の子供が生まれた時、子育てのに関する本をたくさん読んだ。それまであまり小さな子供と接した事もないままいろんな知識だけはとりいれて(もう20年も前の事ですが))、とにかく怒ったり、怒鳴ったりはしないようにと無理をしていた様に思う。
ただ1日中一緒にいて、我慢しているとどこかでたまっていたものが爆発してしまう。自己嫌悪におちいりながらも、同じ事を繰り返し、何年かして3人目の子供が生まれる頃、やっと遅れながらも、どこかおかしいんじゃないかと思うようになった。
怒らなければいけない時は怒った方がいいんじゃないかと考え直した。ただ、良くない事をしたと思った時は、良くないと伝えた。
一緒にいて腹がたつような事をしてきた時は、こういう事をされたら、腹がたつものだから止めなさいと話すようにした。
嬉しい、有難う、悲しい、腹が立つ、子供と一緒にいて自分が感じた事は、出来るだけ伝えるようにした。ついでにまわりの景色やお天気、色々な事を随分小さいと時から、話しかけてみた。
これで3人目からのわたしの子育ては随分楽になった。
子供に対して感情的になって怒る時が少なくなったと思う。
「なんだ、そんな事なら最初からやってるわ。」という方もいらっしゃるだろうが、私にとっては画期的な出来事だったと思う。
子供はみんなこちらが思っている以上にいろんな事を理解している。そして言葉を掛けてあげる事でその子自身のもっている豊かな世界を表現する事が出来る様になるのではないかと思う。
日木ルナ君を知った時、彼自身もすごいけれど、あれだけの事を子供に与えてこられたご両親もすごい、いろんな不思議な事が世の中にはたくさんあるけれどもルナ君の存在は愛や奇跡という言葉がとても現実味をおびて感じられる。

■今までの自分の人生を考えてみて、なぜいつもこんなに迷ってばかりで決断できないのだろうと自分で自分のことがうんざりしてくる事がある。
さんざんああでもない、こうでもないと試行錯誤したとしても結果がすぐにでるものでもなし、極端な話、何が良かったかなんて人生の終わりに近ずいた頃になって、ひょっとしたら分かるかもしれない、という程度かな、と思ったりする。
逆に、迷っている事でどこかバランスをとっていたのかもしれないし、今までの自分よりも選択肢や価値観を広げる事で自分自身を大きくしている時でもあったり、より柔軟でいれたとも思う。
自分の子供をもつ以前に小さな子供達に接する機会がなかった私が.最初からこれがすばらしいなんて1つの事に集中していたりしたら、どこかでポキッと折れていたかも、なんて考える時もある。
とにかく悩んだ結果か、どちらでもよかったのかは、わからないが今は結構自分の人生を楽しんでるな、と思える自分があるのだから結果がよければすべてよしとするかな・・・・。 

■私は、プロ野球に関しては未だにルールもよくわからない程の野球音痴でもある。でもここ2~3年、テレビのニュースや新聞にのるちょっとした1言がすごいな、っといつも感心してしまう選手がいる。イチロ―だ。どんな大きな賞をとろうが世間に騒がれようが、淡々としているところがすごい。
彼の言葉はまるで孤高の武士か虚無僧のような感じがする。これから先、どんな活躍や生き方をして、どんな言葉を残してくれるのか、ちょっと楽しみだ。

■大学時代の友達が10年ぶりに電話をかけてきてくれた。なんだか若い頃にタイムスリップした様に感じる。(電話だからかもしれないが。)二人の子供が中学生になった時、しばらくは力が抜けてしまったと言っていたけれども、今はじわ~っと幸せだと感じるとか。
『幸せ』にもいろんな種類があると思う。でもやっぱりこの「じわ~と幸せ」が1番いいなと思う。
なんだか外からじゃなく自分の中から湧き出してくる感じがあってこういう満足感ってやっぱりそこそこ人生を生きてきた中年になってからこそあるんじゃないかと思う。
いろんな形でもう人生後半に差し掛かったようなのでこの「じわ~っと幸せ」な時間を出来ればたくさんつくっていきたい。

■どんな形であれ自分を表現するというのは、とても恐ろしいと感じる事がある。一体どんな風に思われるか、どこか変じゃないだろうか等など。
こんな時、自分がいかに競争や上下関係、世間体、その他人から評価される事に心を奪われてしまっているか実感する時でもある。
魅力的な人というのはやっぱり個性的なものをもってるかどうかにつきるんじゃないかと思う。
いつもいつもまわりの目を気にする必要もないし、逆にぼ~っとひとりでいる時間はとてもとても貴重だと思う。
もっとたくさんの人がいろんなところで個性や創造性を発揮しておいければ世界はもっと面白くなると思うんだけれども。